終章 おわりに

 2012年の夏、今井さんと代官山の小川軒でランチをしながら「人生のラストステージをどう暮らすか」、について話をしていた。そして彼は、いずれセルフビルド方式によるハウジング事業をしたい、と熱く語っていた。
 一般的にリタイヤー後の自由裁量時間は、7万時間ほどあるといわれており、人生のラストステージ(第二の人生)を迎える方々のために、「終の住処を建てる事業」を計画したいと話されていた。

 ちょうどそのころ、移住先選定の最終段階にきていた。候補地は三カ所あり、長野県の白馬か蓼科周辺、山形県の酒田周辺、それにQMCHのある岩手県遠野である。QMCHには四季折々足繁く通っており、人的な繋がりもでき、移住先は遠野に傾きはじめていたころであった。
 セルフビルドで伝統の知恵と現在の技術を融合させ、終の住処を建てた後、そこで得たノウハウを基に、セルフビルドによるハウジング事業をすることは面白い、と今井さんの話に興味を覚えた。

 遠野 高清水における終の住処の建設では、多くのノウハウを取得することができた。
 終の住処をセルフビルドで建てたいと希望する建主のために、住宅の基礎知識について座学と実技実習をする家づくり講座の開設がもとめられる。そして建主の気力・体力などの諸条件も加味すると、セルフビルド方式は何通りもの選択肢が考えられる。
 セルフビルト手法を整理すると、3つの要素があり、ひとつ目がコスト(費用)、二つ目がクオリティー(品質)、三番目がスケジュール(期間)である。
1、コスト(費用): どのような条件の土地で、どんな暮らしをしたいか、それにより次の項目費用は変化する。土地取得、インフラ整備(造成、電力、井戸掘削、排水設備など)、仮住い、建設など。
2、クオリティー(品質): 希望する暮らしの質により、建物構造、性能、平面プラン、仕上、設備機器の選定は変化し、これには費用が大きく絡む。
3、スケジュール(期間): 準備、着工から竣工、引っ越しまでに使える時間はどれほどあるのか。
 この三要素について、建主が何にこだわるのかは、その人の「好み」そのものと言える。これらを整理し、終の住処を建てることは、かなり悩ましくもあり、それは建主さん自身の価値観を見つめなおす作業ともいえる。

 近年の都市部における住宅コストの高騰は異常といえる。
 2023年の7月、首都圏の1都3県で新築マンション( 70平米程度 )の平均価格は、前年の同月より 55.8 %も上昇し9,940万円になった。そして2026年7月には、今年の上半期に首都圏の1都3県で販売された新築マンションの平均価格は1億円を超え、前年の同時期と比較し13.5%も上昇している。
 6年連続の上昇であり、1億円を超えたのは1973年の統計開始以来初めてとのことである。

 そもそも、家を建てる(購入する)費用は、普通に働いている人々が生活をしつつ、20年程度のローンで返済可能な範囲であることが当たり前ではないか、と常々考えていた。しかし、現実には35年ローン、親子リレーローン、夫婦ペアローンなどという異常なまでの長期・高額な住宅ローンが金融機関から商品化されている。
 住宅産業やデベロッパーから販売される住宅の価格は、普通に勤めている人々の収入で支払える額を、遥かに超えるレベルまで高騰してしまった。誰のための住宅を販売しているのだろうか? まさにマネーゲームではないか。

 1973年10月6日、エジプトとシリアがイスラエルを奇襲したことが、世界的な第一次オイルショックの原因となった。そのころ社会に出て、横浜地域の住宅建設現場で働きはじめていた。
 都心から50分ほどの通勤時間圏内で、土地が50坪(約165平米)、建物が30坪(約100平米)ほどの物件価格は1200万円前後であった。当時は1ドル300円を割りはじめていたころである。
 住宅金融公庫の住宅ローン金利は5.0〜5.5%で、民間金融機関では8.0〜9.0%という現在の水準から考えると非常に高い金利で推移していた。そして当時は頭金20%が必須の時代であり、返済は20年が一般的であった。
 このような高金利でも普通に勤めていた人々が住宅を取得できた理由として、当時は高度経済成長期から続く「右肩上がりの賃金上昇」があったため、将来の収入増を見込んで高い金利でも住宅ローンを組むことが可能だったのである。
 その後、2008年に世界中を揺るがした未曾有の金融・経済危機のリーマンショックの前年までは、真面目に働いていれば住宅を取得できたのである。しかし、その後、住宅価格はジリジリと上昇し、現在のようなクレイジーな金額まで高騰してしまった。

 現在では、働き盛りの人々が住宅ローンを支払い続け、ある年齢になると老後の暮らしをどうするか、という人生の課題に直面する。老人ホームに入居するにしても多額の費用がかかり、自宅を担保にしたリバースモーゲージで老後の生活費用を調達するにしても、ラストステージ終盤には手元資金はほとんど残らないともいわれている。これが金融資本主義の世の中の現実である。

 人生のラストステージを迎えるまで身を粉にして働き、家族を養い、住宅ローンを返済し、税金を納めてきた多くの国民の人間としての尊厳は、守られているのだろうか? かつてのように、安心して住み続けられることができる住宅は、一体どこへ行ってしまったのだろうか?
 渋沢栄一は「左手に論語、右手に算盤」といい、二宮尊徳の哲学では「道徳なき経済は犯罪だ、経済なき道徳は寝言だ」という。彼らは現在の状況をどう見るのだろうか?

1960年代からの経済成長にともない、都市部へ多くの人々が移動した結果、住宅の必要性が高まり、国は政策的に裾野の広い住宅産業分野の育成を推進してきた。住宅産業が成立しているのはこの国独特の社会構造であり、諸外国における住宅建設は、地域の建設会社が担うケースが一般的である。
 住宅産業とデベロッパーによる全国的なシェアー拡大は、確かに住宅の性能品質は高めたかもしれないが、結果として各地域の気候風土や伝統的な価値観による家づくりを担ってきた生業を消失してしまった。

 かつては、それぞれの生活圏内で家を建てる人のために、建設全体を差配する棟梁やかしら、各種職方がおり、地域における生業として家づくりが成立していた。
 これから進めようと考えているセルフビルド方式による新しいハウジング事業の取り組みは、先人が地域の暮らしのなかで実践してきた家づくりの仕組みを、現代の時流にあうシステムに置き換える試みと言えるのかもしれない。

 土地を探し、東中野の家を整理し、遠野へ移住・仮住まいして、終の住処を建て、そして引っ越す。QMCH活動をサポートしつつ建設記録を連載することにより、自分自身のラストステージの自由裁量時間は、既にその50%を消化している。
 自由裁量時間の後半50%は、「安心して住み続けられることができる住宅づくり」をとおして、普請道楽という血沸き肉踊るような体験を、今井さんとともに建主の方々にご提案できるようにしていきたい、と考えている。
 そのような訳で、『終の住処を建てる』は、これから続編がはじまろうとしている。
 『願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。』


謝 辞
 浅輪 貴史先生には、梅干野ほやの研究室との共同研究時代、その後の社会人博士課程において研究のご指導をいただき、すっかりお世話になりました。そして都会をはなれ、終の住処を建てたことに興味を示していただき、有り難いことに研究室ホームページで建設記録連載の機会をいただきました。
 博士課程を共に学んだ 深澤 朋美さんには、6年間にわたり根気よく原稿の画面編集デザインをしていただきました。
 お二人の存在が心のささえとなり、お陰さまで最終章までたどり着くことができました。
 浅輪 貴史先生、深澤 朋美さんに、心より感謝と御礼を申し上げます。

 2026年8月吉日    清水 敬示 

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