1−1 微気候に配慮した敷地の選定
終の住処を建てる敷地は、年間をとおして気持ちいい微気候が形成しやすい場所を選定したい、と考えていた(図5,6,7)。
遠野の街の標高は270mほど。北上山地のなかでも最大規模の盆地で、平地部分は5km 四方ほどあり、盆地をとりかこむ周囲の山々は標高 1,000m 前後である。
盆地は古くから集落や街が創られてきている。その理由として、盆地は生活用水を入手しやすく農耕にてきした平地があり、周囲を山に囲まれているため、強風が少ないなど、気象条件に恵まれているからである。
1−2 遠野盆地の気候特性
遠野は盆地特有の気候が形成され、太平洋沿岸気候の影響をうける。地形の影響で朝夕と日中の気温差が大きく、夏の日中は高温多湿で蒸し暑い。冬は冷気が盆地の底に滞留しやすく、底冷えすることが特徴といえる。夏は、南寄りの風が河川に沿って吹き、冬の季節風の大半は盆地を取り囲む山の上部を吹き抜けてゆく。
しかし、猿ヶ石川が西方に向かって流れているため、川に沿って季節風が盆地内に流れこみ、その強風は盆地の真ん中にある八幡山の影響を受け、大きく3方向に分散する。冬季の最低気温はマイナス20℃になることもあるが、積雪量は50 cmほどと少ない。そして、遠野盆地は雲海の発生しやすい地形と気候特性に恵まれている。
1−3 敷地エリアの絞り込み
盆地内で年間をとおして良好な微気候が形成するエリアは、南下りの斜面である。遠野盆地内のベストエリアは、盆地北側の高清水山(797.7m)および天ヶ森(756m)の南下り緩傾斜地といえる。
国内でも有数の住宅地は、ゆるやかな南下りの斜面地が多く、ここでは冬、日射を十分に受け温暖になり、冷たい季節風は避けやすく、夏は南からの通風を得やすい。
気温の逆転層:盆地の底から100m 〜 200m上った高台は夏涼しく・冬暖かい場合がある。これは冬季に気温の逆転層が発生し、低地より2℃前後も気温が高いことがある。通常、高いところへ上がれば気温は低くなるが、夜間の放射冷却現象で地表面が冷えたときなど、上方の大気が低地より気温の高い場合が発生し、このことを気温の逆転層という。各地域にある伝統的な果樹栽培地は、気温の逆転層が発生しやすい南下りの斜面地にある場合が多い。
柳田国男の遠野物語にある高齢者が姥捨山のように追い放たれたところと伝えられる「デンデラ野」は、集落からすこし離れた南下りの傾斜地で、気温の逆転層の発生しやすい高台にあることが多い。
1−4 敷地の決定
65歳になってから、クイーンズメドウ・カントリーハウスへ出かけるたびに終の住処を建てる敷地探しをはじめた。遠野市のハザードマップをまず頭に入れ、高清水山から天ヶ森にかけての南下りの斜面地の全体像を歩いて把握する。絞り込んだエリアにはリンゴ栽培地が多くあり、ホップの生産地も散見された。
終の住処を建てる敷地は、何といっても眺望が開けた場所がいい。歳を重ね体の動きが不自由になっても、北上山地のたおやかな山並みを眺めることができ、変化する風光や雲のかたち、それに星空を楽しめる場所がいい。遠野駅まで自動車で10分前後(徒歩でも1時間以内)、集落からもほどほど離れたところがいい。注文が多いため希望条件に叶う場所はなかなか見つからない。しかし、犬も歩けば棒にあたるだろう、と気長にかまえ、1年、2年と時間をかける。
高清水山の上は高原状で、春から秋まで牛の放牧場になっている。ここからは北に早池峰(1,917m)が眺められ、天気のいい日には日本海に面した鳥海山(2,236m)も西方に遠望できる。
土地探しをスタートしてから3年目、ついに選定条件に見合う敷地に巡り会うことができた!
その場所はかつてリンゴ園だったところで、耕作放棄されて久しく時間がたち、枯れたリンゴの木と藪が密生していた。4ヶ月前の厳冬期、スノーシューで高清水山に登った帰途に目をつけていた場所であり、敷地からの眺めは胸に迫るものがあった。ここからの風景なら、死にゆくとき眺めるのもいいものだ、と感じた。