第6章 断熱・気密、結露、外部建具と外壁(後編)

6-3 外部建具

 敷地の性格を決定づける立地環境と気候特性に配慮しつつ、暮らし方の希望や生活の優先順位を整理しスケッチをかさねると平面計画がイメージできる。それと並行し、室内から眺めたい景観が瞼のなかに描けるようになると、窓の位置や大きさが決まってくる。そして、季節ごとに変化する太陽高度やその軌跡を想像すると室内に入ってくる陽射しをいかにコントロールしたら、落ち着いた室内環境になるだろうかが見えてくる。
 開口部における夏・冬の日射調整は、室内のここちよい温熱環境づくりに大きな影響をおよぼすため、床面積あたりの開口比率と方位別の開口比については、あくまでも目安であるが認識しておくといい。

6-3-1 外部建具の検討 
 気持ちいい室内の温熱環境を実現するためには、外壁の断熱性能を考慮しつつ外部建具の断熱性能とのバランスに配慮することがポイントとなる。

 1970年代、建物の断熱性能が現在の基準値よりかなり低かったころ、外部建具はアルミ製枠材に一枚ガラスであった。80年代になり、外壁のおよび外部建具の断熱性能がさらに向上した。そして、90年代、窓はペアーガラス仕様が一般的になり、以前より性能はよくなったが、外壁との断熱性能を比較すると、まだ1/10ほどの差があった。その後、次世代省エネルギー基準が登場し、外壁の断熱・気密化が義務付けられ、Low-Eガラスが普及した。そのころには外壁と開口部との断熱性能の差は1/5前後くらいまでに改善されるようになった。

 開口部の性能が向上しても、冬季は窓より室内の熱気が30〜40%ほども外部に逃げ、夏季は屋外の熱気が窓から50%前後もはいりこみ、室内の熱環境を悪化させる原因となる。このように窓の性能は暮らしに直接おおきく影響をあたえるため、外部建具の選定には充分な配慮がもとめられる。

建具枠材
 建具の枠材は室内インテリアデザインとの調和、断熱性能、結露防止の観点からも木製サッシがベストといえる。QMCHでは、外部建具は良質な木製にしており、遠野の四季をとおしてその性能を観察しており、安心できる品質といえる。

 残念ながら、良質な木製外部建具のコストはアルミ製サッシの倍以上もするため、終の住処づくりでは上質な木製窓の使用は断念する。

 北海道や本州の寒冷地では、内外熱環境の差から生じるヒートブリッジ現象を防ぐため、建具枠材を樹脂にするのが一般的になりつつある。サッシメーカーでは寒冷地の窓枠には断熱性能の高い樹脂製品を推奨しているが、屋外に樹脂製品を使うことは紫外線による経年劣化を考慮すると、建物の耐用年数とのバランスから納得できない。

 そこで我が家では、屋外の窓枠材はアルミ、屋内側は樹脂の複合サッシを選定することにした。

ガラス引戸+紙貼り障子
 30年間暮らした拙宅の窓には、アルミ枠材の複層ガラス( ガラス3mm –中間層6mm −ガラス3mm)建具に紙貼り障子を付加しており、

 現代のLow-E 複層ガラスほどの性能はないが、ガラス面に結露することもなく、紙貼り障子の断熱性能のよさを体験していた。
 複層ガラスの内側に熱の伝搬をおさえるLow-E 膜をコーティングしたLow-E 複層ガラス( ガラス3mm –中間層12mm –ガラス3mm)には断熱タイプと遮熱タイプがあり、窓方位ごとに使い分けると室内の温熱環境を良好にたもちやすい。

中間層部分に不活性ガスを入れるとさらに性能が向上する。そして、窓の室内側に紙貼り障子を立てると、開口部の性能はトリプルガラスと同等になるともいわれており、終の住処でも紙貼り障子を付加することにした。

 障子に貼る和紙には優れた保温性があり、かつて伝統的な暮らしでは日常的に活用されていた。江戸時代、旅の必携品である和紙でつくった紙衣かみこは、宿に着く前に陽が暮れて動けなくなった場合や冬の宿が寒いときなど、保温用の衣類として使われていた。その描写は芭蕉の「奥の細道」にもみられる。
 もうひとつ和紙の保温性について。森敦作「月山」のなかに、主人公が山形県庄内地方の豪雪地帯にある湯殿山の注蓮寺でひと冬滞在した折、和紙でつくった蚊帳のなかに寝床を敷いて寒い冬を過ごしたという記述がある。和紙には保温性や吸湿性もあり、かつては日常的に活用され、洋紙にはない多面的な性能がある。

 和紙の美しさについてもご紹介したい。

 和紙を貼った障子に光が射しこみ、温かみのある柔らかな拡散光に包まれる室内空間は、我が国独特の美しい世界であり、西洋建築にはない文化といえる。
 春先、障子に朝日が射しこむと、庭先にある新緑の透過光により白い障子紙にうす緑色を映しだし、紅葉の季節には和紙が淡い紅色に変わるさまは、ことのほか美しい。そして冬の朝、落葉した枝にとまる野鳥の影絵を寝床から楽しむこともある。障子二枚、100インチのスクリーンに季節感を味わえる暮らしは、なんとも豊かである。
 谷崎潤一郎作の「陰翳礼讃」には、我が国の建築内部空間における陰翳の美意識について、趣のある言葉で表現がされているが、ここにも和紙を透した光の奥ゆかしいさまが描かれている。

開口部の季節対応
 季節ごとに太陽の軌跡と高度が変化するため、窓からさしこむ陽射しも変わり、それにあわせて室内の温熱環境も変移する。伝統的建築の窓の表情は季節ごとに変化し、美しく洗練されており、その知恵は現代の暮らしにおいても有効である。

 夏季、東西にある窓への陽射しはかなり強く、1平米あたり1,000Wほどもあり、家庭でつかうパネルヒータの能力に匹敵する熱量がある。特に気温の上昇した午後から夕方にかけ、西陽は確実に遮蔽しないと西向窓のある部屋は蒸し風呂状態になる。窓の外側で日射遮蔽することが必須であり、放射熱を80%ほどカットできる。室内側のカーテンでは放射熱の5割ほどしか防げず、エアコンをかけても快適にはなりにくい。

 開口部で重要なことは夏季の室内通風と換気であり、水平方向と垂直方向へのゆるやかな風の流れをつくることが気持ちいい室内環境につながる。また夏季は室内に熱気がたまりやすいため、積極的に排熱や夜間冷却ができるよう設計配慮がもとめられる。

 終の住処では、夏季の日射遮蔽について東西窓の外側にすだれ、南面窓には農業用遮光シート(太陽放射熱70%カット)で、テラス面積の2/3ほど日影にできるサイズのオーニングテントを張る予定。

6-3-2 玄関ドアー
 最近の玄関ドアーは性能や施工手間の省力化から、アルミ製をもちいることがおおくみられる。しかし、「玄妙な道に入る関門」とも言われる玄関に入るドアーは、落ち着いた質感のある無垢の木製がいい。
 東京の自宅で使ってきた玄関ドアーは楽器メーカーの製品で、30年間使ってきたが木材に狂いはなく、塗装は耐候性があり、すっかり愛着がわいていた。しかし、このドアーを寒冷地で使用するには、断熱・気密性に問題があった。そこで、玄関を熱環境のバッファーゾーンに見立て外壁と同じように玄関の内壁・天井には断熱材を充填し、居室側に引戸を設ける。玄関ドアー枠材の気密性を高める処理をし、親子ドアーの隙間から入りこむ冷気は床下蓄熱槽に流下するようルートを設けた。蓄熱槽に流入する冷気のボリュームは蓄熱に悪影響がでるほどの量はなく、新鮮な外気の供給源として活用できる。

ドアー金物は新橋にある老舗、堀商店の製品をそのまま終の住処でも活用する。かつて、このドアーノブの形と手触りが気に入って選定したもので、耐久性、防犯性ともに当初予想どおりの品質であった。

 30年間愛用してきた玄関ドアーを550km北上した寒冷地でふたたび活用するため、できる限りの設計対応し、終の住処のデザインテーマである「記憶の連鎖」をひとつ一つ実現することは、おおきな楽しみになった。

トピックス6−2 QMCH 秋の景観
 QMCHのフィールドの紅葉は観光地のような派手さはない。だが、山里の美しい季節の移ろいをしみじみと堪能できる。その美しい自然景観のなかで落ち着いた佇まいの建物、馬と人とが共にある暮らしを営んでいる。

6-4 外壁

外壁〜内壁/9層の構成、それぞれの性能的な役割
 終の住処の外壁(外壁〜内壁)は9層のレイヤー構成になっており、安全で快適な暮らしができるよう保証する重要な役割を担っている。この壁の外側から内側にかけ、各レイヤーの名称と役割を説明する。

第1層外装(耐久性、意匠、地場産材カラマツ板 厚さ15mm、幅150mm)
第2層通気(壁体内の湿気排出、外装材の耐久性、外装材からの熱貫流バッファー 厚み18mm)
第3層透湿・防水・遮熱(壁体内の湿気排出、屋外からの防水、屋外の熱侵入を遮る、シート厚さ0.17mm)
第4層付加断熱(構造壁の充填断熱では不足する断熱性能を向上、32kg/m3、厚さ45mm高性能グラスウール)
第5層構造・耐火(北上川から三陸海岸までの地下深くには花崗岩の岩盤があり、活断層がない地域である。この地盤特性のため地震時の揺れは加速度が高い。構造体に歪みが発生しないよう構造用面材を追加し壁倍率を向上。耐火性は山火事対策。ボード厚さ12mm)
第6層壁体内充填断熱(20kg/m3、高性能グラスウール厚さ105mm)
第7層防湿・気密(室内の湿気が壁体内へ侵入を防ぐ、気密性向上、シート厚み0.2mm)
第8層下地および吸放湿(左官塗り壁の下地材、吸放湿性、石膏ボード厚み10mm)
第9層室内仕上(意匠、吸放湿性、左官塗り壁、厚み7mm)

 9層のレイヤー構成は、室内の湿気が壁体内に侵入した場合、屋外に湿気を排出できるよう各素材の透湿抵抗にも配慮し選定している。

外壁仕上材
 緑豊かな環境に建つ家の外壁には、建設地の自然環境で育まれた地場産材を素直につかうことがその土地の気候風土になじみ、年月を経るほどに風合いが感じられていいものである。
 QMCHの15年経過した建物の外壁は、地場産のカラマツ材を外壁仕上材として使用しており、その使い方は水切れのいい堅羽目張り目板押さえで、新築してからの経年変化は落ち着いた佇まいになっている。この建物は緩やかな西斜面に建っており、建物東面の外壁の色が他の面より濃くなっているのは、夜間から早朝にかけ湿気をおびた斜面風が建物の東面にあたるためである。陽当たりのいい南面と夏場にわずかに陽が射す北面とでは、こんなにも色合いが変わる。

 この仕上方法は補修や増改築にも部分的に板を変えるだけで対応しやすく、新しい板に変えた部分はほんの数年で周囲の色と馴染んでくる。

 断熱・気密、結露、外部建具、外壁、それに「終の住処」で試みた二重屋根と蓄熱/蓄冷の各要素は、季節ごと有機的に関係性を持つこことにより、気持ちいい室内環境を創りだすことにつながる。室内環境設計のポイントは、四季ごとの気持ちいい体感をイメージしつつ、各種の性能要素がどのように関連するか考え、それぞれの性能をバランスよく統合することが大切ではないだろうか。また住まいづくりは長期間の使用に耐えうるよう、歳を重ねるごとに気力体力が衰えることを考慮し、条件の設定にはゆとりを持たせておくことが不可欠といえる。
 緑豊かな環境で季節の移ろいを五感で楽しむことを想像しつつ、終の住処を設計し建てることは、生きる歓びそのものといえる。

トピックス6−3 QMCH 敷地内に生息する野生動物など
 QMCHの敷地は東京の新宿御苑ほどの広さがあり、多くの野生動物が生息している。人間の数はほんのわずかで、その何倍もの先住者たちが暮らしている。ツキノワグマ、カモシカ、ニホンジカ、キツネ、タヌキ、アナグマ、イタチ、テン、ウサギ、リス、ムササビ、ネズミなどなど。
 野鳥も大型のワシタカ類にはじまり、フクロウ類、キツツキ類、国鳥のキジ、最も小さいミソサザイ、南や北からの渡り鳥、海鳥はほとんど飛来しないが、バードウオッチャーにはため息がでるほどのフィールドといえる。

 小さな沢筋にはイワナ、ヤマメが住み、爬虫類、両生類、昆虫類は絶滅危惧種がごく普通に見られるほど。あまり書くと不勉強がばれるのでこの辺でやめておこう . . . 。
 写真に撮れた生物のみご紹介したいと思うが、今回はクマとカモシカについて。
 10代のころ、南アルプスで猟師から聴いた話では、「カモシカに遭遇したときは歌いながら近づくと数mまで逃げない」。その後、山中で何度も出会うことがあったが、毎回突然のことで歌うことを忘れ、カモシカを凝視するばかりだった。遠野に移ってからは野生動物を身近に何度も見る機会があり、落ち着いて歌うことをようやく実現した。しかし、とっさに口から出た歌は何と「ひょっこりひょうたん島」。カモシカは5mほど近づいても逃げなかったが、首を傾げた表情は忘れられない。

 QMCHの敷地内では年に2〜3回クマを見かける。しかし、お互い気がつくとほんの一瞬こちらの様子を確認し、藪に身を隠してしまうので、まだ写真には撮れてない。森に入るとクマの通り路の樹木に爪痕がたくさん見られる。

 この爪痕には諸説があり、「縄張りの表示」、「樹皮に傷をつけると脳内刺激物質がにじみ出る」とか。
 クマが冬眠につかう太い木の樹洞うろの周囲の樹木には、爪痕がバツ印なっていると猟師から聞いていた。早池峰神社の近くの山を真冬にスノーシューで歩いたとき、このバツ印を見つけ一瞬緊張した。数メートル先には直径1mを超えそうな太い木があり、雪面の上に樹洞の入口が少し顔を出していた。「君子危うきに近寄らず」に従い、そーっとそこから離れた。残念なことに緊張のあまり写真を撮るのをすっかり忘れていた。

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